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新潟地方裁判所新発田支部 昭和32年(ワ)31号 判決

原告 鈴木正吉

被告 国

訴訟代理人 河津圭一 外九名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事  実 〈省略〉

理由

一、原告が昭和二七、八年頃堀越山林組合所有地内で採石業を営んでいたことは当事者間に争いがなく、弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる甲第二号証の一ないし三、原告本人尋問並びに検証(第一、二回)の各結果によれば、原告は同二七年一二月二七日期間四ヵ年の約で新潟県北蒲原郡堀越村(現在は水原町)大字堀越大滝線附近の採石権を、同二八年七月一日期間三ヵ年の約で同村大字堀越字焼山の裾大滝川端附近(いずれもその範囲を確定することはできないが)の採石権を同組合から取得した事実が認められ、他に右認定に反する証拠はない。

二、原告は、被告の公権力の行使に当る公務員である防衛庁陸上自衛隊新発田駐屯部隊長らがその職務を行うについて故意又は過失により違法に原告に対し合計金二、七一九、一五〇円の損害を与えた旨主張するので以下順次判断する。

(一)  臨時実弾射撃演習場における機関銃実弾射撃演習による損害

原告は、臨時実弾射撃演習場における機関銃実弾射撃演習により、原告の採石場は流弾の危険にさらされ、同二九年四月一日から同年八月二三日まで、同年九月一三日から同月一七日まで休業のやむなきに至り、かつ訴外小川正二から割石の売買契約を解除されたから、被告は右により生じた損害を賠償する責任がある旨主張するので、まず右演習が原告の採石作業を不能ならしめるものであつたかどうかについて検討する。

新発田駐屯部隊長が小滝山の中腹に臨時実弾射撃演習場を設置したこと、及び同年九月一三日から同月一七日まで同所で機関銃実弾射撃演習を行つたことは当事者間に争いがない。成立に争いのない乙第一号証、証人駒村秀男の証言により真正に成立したと認められる乙第二号証、証人駒村秀男、同丸山豪、同佐藤武士の各証言及び検証(第一、二回)の結果並びに本件口頭弁論の全解旨を合わせると、同村大日ヶ原一帯はもと旧陸軍の演習地であり、終戦後は開拓地とされていたところ、防衛庁陸上自衛隊新発田部隊長は、同所に演習場を設置することとし、同二九年初頃から土地買収の交渉を進めていたのであるが、同年五月とりあえず、堀越山林組合から小滝山の西方約三、〇〇〇坪の土地を借り受け、臨時実弾射撃演習場を設置した。小滝山の南側には、原告らの採石場が存したが、その西側は三方を山にかこまれているため、実弾射撃場としては最も安全な場所として選定され、ツベタ橋から方向角七三度五四分一九秒、距離七九〇・六五米の地点に射座左端を、同橋から方向角七五度二〇分三四秒、距離七四五・一九米の地点に射座右端をそれぞれ設置し、同橋から方向角八四度二二分三六秒、距離八九〇米、射座中央から方向角一二九度四三分四〇秒、距離一八五・四五米の地点に標的中央をおき、右標的中央から方向角一八四度二二分五四秒、距離一九六・五九米の地点には原告の採石場中央が存した。新発田部隊長は、同年五月一八日から六月四日まで、同年九月一三日から一〇月一一日まで、同年一二月一二、一三日の間、右射座から標的に向つて機関銃実弾射撃演習を実施したのであるが、演習に際してはあらかじめ村役場、同山林組合に演習実施の旨を連絡し、また演習当日には危険区域の周囲に赤旗を立て警戒員をおくなどの配慮を怠らなかつた。同演習では主として寝打ちの方法で射撃が行なわれたが挑弾(銃を発射した弾が物体に当りはねたもの)の飛ぶ音は、原告の採石場にもひびき、石工等が驚いて原告に告げ、原告が同部隊に苦情を申し込んだ。その結果同年九月一九日同部隊の佐藤武士三佐らは、原告の採石場において挑弾の飛下状況等を視察したが、挑弾の音が感ぜられるだけであつて、それが採石場附近に飛下するおそれはなく、したがつて作業にはなんら危険性がないことが確認された。以上の事実が認められ、右認定に反する証人近藤実、同塚野安衛、同小川正二の各証言及び原告本人尋問の結果はいずれも前顕各証拠に照らして採用し難く、他に右認定を動かすに足る証拠はない。

したがつて、右演習は原告の採石作業を妨げるものとは認められないから、昭和二九年四月一日から同年八月二三日、同年九月一三日から一七日までの休業による損害を求める原告の請求は理由がない。

次に証人小川正二の証言により真正に成立したと認められる甲第一号証と同証言及び原告本人尋問の結果によれば、原告は同年三月一日訴外小川産業こと小川正二から割石一〇万個の発注を受け、履行期同年一〇月末日の約で割石の売買契約を締結したが、同年四月中旬右契約を合意解除した事実が認められるけれども、解除当時には未だ機関銃実弾射撃演習は開始されていなかつたこと、しかも右演習が原告の採石作業を妨げるものでなかつたこと先に認定したとおりであるから、仮りに右合意解除の結果原告がなんらかの損害を蒙つたにしても、被告に対しその賠償を求めることができないことは明らかである。したがつて、右契約解除にもとずく損害を求める原告の請求もまた失当である。

(二)  同年一二月一日から同月一五日までの休業による損害

次に原告は、同部隊長は同年一二月ナマコ山において迫撃砲の実弾射撃演習を行うにあたり、故意に原告の採石場に通ずる運搬道の入口に立入禁止の立礼を立て通行を禁止したため、同月一日から一五日まで原告の採石場における採石を不能ならしめ、原告に損害を与えたから、被告は右損害を賠償{する責任がある旨主張する。

よつて判断するに、同月六、七日同部隊長がナマコ山において迫撃砲の実弾射撃演習を行つたことは当事間に争いがなく、証人岡田雄三、同関治三郎、同駒村秀男の各証言によれば、同年一一月三〇日岡田雄三二等陸曹は上司の命を受け、村役場、開拓団事務所等に赴き、一二月六、七日に演習が行なわれる旨連絡し、注意をうながしたが、その際村当局から特に旧道の交通をしや断しないよう要望があつたので、一二月六日午后一二時頃旧県道と山道の交差点附近と大室橋に警戒の赤旗を立てるとともに、無線器等を所持した警戒員をおき、通行人があるときは直ちにナマコ山陣地の指令官に連絡し、射撃を中止し、もつて通行の安全をはかる態勢をとつた。実弾射撃は同月六日午后一時から午后六時までの間行なわれたがその間通行人の協力もあり、射撃を中止したことはなかつた事実が認められる。もつとも、原告本人尋問の結果により真正に成立したと認められる甲第一三号証の記載並びに証人塚野サト、同塚野安衛の各証言原告本人尋問の結果中には、旧県道と山道の交差点に立入禁止の立礼があつた旨の供述もみられるが、前顕各証拠に照らしてにわかに採用しがたく、かえつて前記認定の事実によれば、山道への通行も制限しなかつたと認められるから、同部隊長は、かかる立礼を立てなかつたものと推認するのが相当である。したがつて、原告の右請求もその余の点について判断するまでもなく失当である。

(三)  同年四月二八日から同三一年六月三〇日までの休業による損害

次に原告は、二等陸尉武内喜久夫は、土地所有者である堀越山林組合と原告の採石場を含む地域の売買契約を締結し、原告に対し補償をなすことを約したため、原告は同二九年四月二八日以降買収される地域を事業の対象から除外しておいたところ、同三〇年一〇月二〇日被告は右土地を買収しない旨通知して来た。武内は右の言動により、買収が行なわれる旨を原告に信じさせたのであるから、被告は、原告が買収を無駄に待つたことによる損害を賠償する責任がある旨主張する。よつて判断するに、前顕乙第一号証証人長谷川新次郎の証言により真正に成立したと認められる甲第一一号証の一ないし五、同号証の七、成立に争いのない同号証の六、証人山賀豊治、同加藤周一、同加藤寅蔵、同加藤藤蔵、同長谷川新次郎の各証言及び検証(第二回)の結果に本件口頭弁論の全趣旨を合わせると、防衛庁第一管区総監部第一地方建設部所属の二等陸尉武内喜久夫は、同二九年初め頃から大日ヶ原地区に演習場を設置するため、約三万坪の土地の買収交渉事務を担当し、土地所有者である開拓組合、財産区、堀越山林組合の三者と買収の交渉をすすめた。(武内が右買収の下交渉に当つたことは、当事者間に争いがない。)原告主張の地域も買収予定地とされていたため、同山林組合では、同組合から採石権を取得した原告ら採石業者に対し、右土地が被告に買収される場合を仮定して補僧額の提示を求めたところ、右補償要求額は、被告の予定していた土地の買収費に匹敵する程の金額であつたため、被告と同組合との間で買収代金額の折り合いがつかず、結局被告は同組合から土地を買収するのを断念した事実が認められ、前記証人長谷川新次郎の証言中右認定に反する部分及び原告本人尋問の結果は採用しがたく、長谷川証人の証言により真正に成立したと認められる甲第九号証、原告本人尋問の結果により真正に成立したと認められる甲第一六号証の一も右認定を覆すに足るものではない。

原告は武内の言動により右土地の買収及びこれに伴う補償が行なわれると信じさせられたと主張し、右甲第九号証、第一六号証の一の各記載及び長谷川証人の証言中には右主張にそう証言もみられるが売買代金額の合意もえられないうちから武内が買収を約束するが如きはとうてい考えられないことであるうえ、前顕各証拠によれば、武内ら被告の係官は、採石業者に対する補償問題は、土地所有者と採石業者の内部関係であるという立場から、直接採石業者と補償問題で交渉することはせず、土地所有者とのみ買収の交渉を進めていた事実が認められるから、前記甲第九号証、第一六号証の一、証人長谷川新次郎の右証言はとうてい採用することができない。もつとも、前顕甲第一一号証の一によれば、武内は同組合を通じ、原告らに対し補償請求書の提出を求めたことがうかがわれるけれども、右補償請求書はあくまで買収金額決定の一資料にすぎないのであるから、これにより直ちに当該地域が買収されることに決定したとか、あるいは補償を受けうると考えることは、あまりにも早のみ込みすぎるといわなければならない。

したがつて、被告が右地域を買収しなかつたことにつき、武内ら係官になんら違法な点はないから、原告が、たとえ右地域は将来必ず買収されると信じ、同地域内にある採石場の事業を休止しておいたとしても、それは自らの危険において、かかる措置をとつたものといわなければならず、その結果原告に損害が生じたとしても、被告に対しその賠償を求めえないことは明らかである。よつて原告の右請求も理由がない。

(四)  石橋の使用による損害

次に原告は、新発田駐屯部隊長は、同二九年五月上旬から同年一〇月末までの間演習のため原告所有の石橋を無断で使用し、そのため原告は著しい精神的苦痛を受けたから慰藉料金三五、〇〇〇円の支払を求める。仮りにしからずとしても、同部隊長は、同期間中右石橋を占有し、故意又は過失により原告に賃料相当の損害を与えたと主張する。よつて判断するに同部隊長が、演習のため原告主張のころ、原告主張の右石橋を通行したことは当事者間に争いがないところ、弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる甲第八号証の二、証人加藤周一、同駒村秀男の各証言に検証(第一、二回)の結果によれば、右石橋は、堀越山林組合所有の巾員約二米の山道を横断する沢に、原告が石材等を負担し、同組合が人夫を差出し、両者の協力により、巾四〇センチメートル、厚さ一五センチメートル、長さ約一メートルの平角石材六枚を並べて架設したにすぎない橋で、原告の採石期間中原告のみの所有に属するか、あるいは原告と同組合の共有に属するかは明確でないが、少なくとも、原告の採石権が消滅した後は、同組合の所有とする旨の合意が成立しており、原告も同組合その他一般人の使用を容認していた。新発田駐屯部隊長は、機関銃実弾射撃演習場を設置するに際し、同組合から三、〇〇〇坪の土地を借り受けたのであるが、その際同所へ通ずる唯一の道路である右山道並びに右石橋の使用につき同組合の承諾を得たが、右石橋の使用につき原告の承諾は得ていなかつた事実が認められ、右認定に反する証人斎藤仁治の証言、原告本人尋問の結果は採用しがたく、他に右認定を覆すに足る証拠はない。

右の事実関係の下において、同部隊長が原告の承諾を得ずに右石橋を使用したことをもつて違法な行為ということはできないから、慰藉料を求める原告の右請求は失当である。

次に原告は、同部隊長の使用により、原告の石橋の使用収益がさまたげられたと主張するけれども、右事実を認めるに足る証拠は存在しないから、賃料相当の損害金を求める請求も理由がない。

三、よつて原告の本訴請求はすべて理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 時岡泰)

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